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小松クラフトスペース

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催事情報 

田中昭夫回顧展  
正藍型染師が遺した仕事 
9月4日(金)~9月27日(日) 
会期中無休 

正藍型染師・田中昭夫(1935–2019)。秋田県西目町(現・由利本荘市)に生まれ、幼い頃から絵を描くことに秀でていた。その卓越した描画力は、のちに図案を彫り、型を置き、藍を染める仕事に生かされ、精緻な文様の源となった。

中学卒業後に上京し、埼玉県八潮市の型付け屋で住み込み修行。型彫り・糊置き・型付けの基礎を徹底的に身につけたのち、1962年に埼玉県川口市の田中紺屋へ婿入りし六代目当主を襲名した。

多くの紺屋が合成藍へ転換する中、昭夫は義父の死後、日本藍による天然灰汁発酵建てへ全面転換する決断を下した。その選択は、昭夫の作品に宿る深い青を決定づけた。化学薬品を使わず、自然素材と職人の勘だけで染料を発酵させる日本古来の技法「正藍」から生まれるその色は、染織関係者からも高く評価された。

この決断を支えたのは故郷・西目町の仲間たちである。布の精錬に不可欠な灰汁を集め、川口まで届け続けた同級生たちは、その活動を冗談めかして「灰(悪)友の会」と名付けた。

昭夫の技法を決定的に変えたのは、山形県米沢市の出羽の織座・山村精氏との出会いである。古代布は表面が不均質で型を置くことが難しい素材だったが、昭夫は布の個性を読み、糊の乗り方、型の呼吸、藍の浸透を突き詰め、精緻な文様を置く比類なき技術を確立した。この技術に到達した職人は他におらず、昭夫は「最後の古代布型染め師」と呼ぶべき存在である。

晩年、昭夫は「100年、生まれるのが遅かった」と語った。その言葉には、技を極めた者だけが抱く静かな悔恨と、それでも自らの道を歩き切った誇りが滲んでいる。昭夫の技と精神は今も語り継がれている。

 
展示風景

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