たそがれ見聞録
インド編

 2014年1月
ガーナ

1、インド流儀


インド・デリーの空港でタイ航空の女性職員が「KOMATSU」の名前を掲げて待ち構えていた。指名手配ではありません。バンコクで飛行機の機体整備不良で5時間も遅れ、乗り継ぎが出来なくなったからです。

「今日はホテルを用意しているので宿泊し明日、同じ午後の便に乗るように」と一方的に言う。同行の三代目が
「遅れるとスケジュールが狂うので、少しでも早い便で出掛けたい」と言ってもインド人女性職員は客の言うことを聞こうとしない。同じ言葉を繰り返し、従えと強要する。日本人なら腰をくの字に曲げ丁寧に対応するものだが、インド人は笑顔もなく、ふんぞり返って命令するだけだ。

これがインド流儀@どこでも見かける横柄な態度です。

 

仕方なく自分であちこちの航空会社に問い合わせてみたがどこも便がなかった。諦めて用意された車に乗ってホテルに向かった。最近のインド経済は景気上昇傾向で高級ホテルがどんどん建てられ、ホテル代が上昇している。用意されたホテルは新設まもない高級5つ星ホテルだった。旅の始まりが5つ星ホテルからとは縁起が良い、と二人は急に上機嫌になった。

ホテルはインド人ビジネスマンの客で一杯だった。インド人の服装はいまだにタイガー・ジェット・シン風やサリーかと思っていたら、違っていた。男性はスパッとした高級スーツにピカピカの靴を履いている。女性もほとんどがブランドものの洋服だ。我々のようにヤッケやパーカーにサンダル履きの服装の者は誰もいなかった。まずい!最下層民になってしまった。急に肩身の狭い思いを強いられた。

案内された部屋は普通タイプだが広く、超豪華な装備で、安宿に慣れている我々には落ち着かない。レストランに出掛けてみると日本料理を始め、世界各国の料理がコーナーごとに用意されていた。日本料理コーナーで食事しようと考えメニューの値段を見て驚き、すごすごと退散。別室にインド料理コーナーがあるのでここなら値段が高くても知れているとインド料理に決めた。支払いを気にして一番安いワイン付インド料理コースを選んだ。前代未聞の豪華な懐石風のインド料理だった。美味かったが、飲んで食べて2人で18,000円。マダムにメールしたら
「もったいない。せっかくの機会だからちゃんと食べれば良かったのに」と返信が来た。ここでちゃんと食べれば1人2、3万円はするのだ。マダムと一緒でなく良かったとホッと胸をなでおろした。

 

翌日、空港に向かった。入口では軍の兵士が乗客の検査している。ゲート1の入口でEチケットのコピーを見せたら、これは昨日のチケットだから入場はダメだと言う。それで、遅延証明書を見せた。するとゲート5に行けと命令された。ゲート5でも同じことを言われ、今度はゲート3に行けとたらい回しされた。ゲート3でも同様、こんどはゲート4に行けと命令された。ここで初めて航空会社に行ってチケット貰って来いと言われた。

これがインド流儀A分からない事は他人に押し付け、責任を回避するのだ。

搭乗するジェトエアーのカウンターでEチケットのコピーと遅延証明書を提出し航空券を求めたらチケットの申し込みが無いと云うではないか。冷たくタイ航空で確認してみろと拒絶された。タイ航空に行ったら昨日のスタッフは不在で聞いても知らないと、つっけんどんな態度。止む無く、諦めてチケットを新規に申し込んで買った。そこで名前の確認をしたら、前日タイ航空から申し込みがあったことがようやく判明。今度は「新規の申し込み代金は不要だが、キャンセル料を払え」と無理難題を言うのだ。自分の不注意をお客に押し付けるとは何事だと言っても、それならチケットを渡さないと言い張るのだ。

これがインド流儀B間違いを決して認めようとはしない。 
インド流儀は3つだけではない、奥深く、数えきれなく、ワンサカあるのだ。

諦めてキャンセル料を払いようやくチケットを手に入れ目的地のジョドプールへ飛んだ。 
初日から自分勝手なインド流儀に振り回され、前途多難が予想された。

 

2、タール砂漠

インド北西部、パキスタン東部との国境に世界で8番目に大きいタール砂漠が広がっている(1位は勿論、サハラ砂漠です)

国境のオアシス都市ジャサルメールが今回の目的地だ。何をするかって?

ラクダに乗って地元の民族に伝わるミラー刺繍布を探しに行くのです。会社の経費で遊びとは許されない、税務署に知らせるぞなどと脅かさないでください。それに、仕事ばかりでは疲れが溜り、気力が減少し寝込むことになる可能性があります。たまには息抜きも必要です。雄大な砂漠をラクダに乗って歩き回り、体をリフレッシュするのであります。税金を使った議員先生達の視察旅行とは違うのであります。

ホテルから車で30分、所定の場所でラクダ隊と合流。客は我々2名、ラクダ5頭と引導者4名が待っていた。跪いているラクダの顔を見ると一筋縄では行かない強情そうな顔付をしていた。暴れると怖そうだ。顔を合わせると
「ふん、今日の客はお前か、重そうだな」とでも言っているようだ。

さっそくアラビアのロレンス気分でラクダに乗った。前足を上げると後ろにひっくり返りそうになり、後ろ脚を上げると今度は前のめりになり必死に鞍につかまり、前後に振られたが必死に堪えた。立つと座高が高く、見晴らしが良いと喜んだが、歩き出すと、下地が固く上下に振動し腰に響く。写真を撮るにも危険で撮れるものではない。ラクダは楽ではないのだ。歩いた方がずーと楽だ。

 

30分くらい歩くと水飲み場で一休み。水飲み場にはラクダのほかに牛、山羊、羊、犬なども集まり仲良く水を飲んでいた。再び騎乗、今度は慣れて要領を得てきた。そこで鐙を用意された。鐙に足を乗せると楽に乗れる。振動も少し抑えられ乗りやすい。どちら様とは知らないが鞍や鐙などを発明した人は偉大なもんだとラクダの上で、改めて発明者に感謝の気持ちを込めて騎乗した。

砂地が深ければラクダは本領発揮して上下動もなく乗りやすい。一方、引っ張っている人間は足が埋まって重労働になり気の毒だ。

 

犬が一頭初めから一緒に付いてきている。誰も餌をあげる訳でも無いのに時には先回りしたり、横に並んだり砂地に足を取られながら付いて来た。お昼になったら砂漠の中で一休みだ。火を起こし、持参した食材を料理しランチを作ってくれた。ここで付いて来た犬もようやく皆から食事を貰い有りつけた。過酷な砂漠で生きるのは犬まで苦労するのだ。犬は太陽が沈むまで我々と同行していた。

砂漠の中にも村がある。ラクダの引導者は自分の村だから勝手に行ってくれと云う。農地も何もない大地に家がポツポツと建っていた。そこは「砂の女」の世界だった。何もない砂地が地平線の彼方に四方八方広がっていた。男はサファリツアーのラクダの引導者の仕事、女は細かく割った鏡を使い古した布に縫い付け、服や飾布などの有名なミラー刺繍布を作って家計を支えていた。悪霊を追い払い幸せを願って作られるミラー刺繍布は究極の刺し子です。気が遠くなるほどの手間暇を掛けて作られるミラー刺繍は過酷な世界で作られた刺繍布だったのだ。

見慣れない男が村を歩くと家々から子供たちが飛び出して取り囲むように人だかりができた。「砂の女」の話のように俺をここで一緒に住もうよと誘う女は誰も居なかった。砂漠の世界はどこよりも過酷だった。



3、ホテル東京パレス

ジャイサルメールのホテルをネットで検索したら「ホテル東京パレス」と日本語で表示している小さなホテルがあるではないか。建てて3年。値段は安いし、泊った客の評判がめちゃくちゃに良いのでここに決めた。三代目の友達がオーナーのマタール・カーンさんと親しい友人であることが判明し、友達がメールで紹介してくれた。地球は狭いものだといつも感じる。

前日泊った高級5つ星ホテルとは違い庶民的なホテルです。マハラジャから遊牧民に変わった気分だ。このクラスのホテルが一番落ち着きホッとする。

マタールさんとホテルで会うことが出来た。マタールさんは日本に渡って20年、年齢40歳。インドで知り合った日本人女性と結婚し、東京で奥さんと娘さんの3人で暮らしている。インド料理店の店長として働き、3年前に故郷ジャイサルメールにホテルを開店させた。日頃の運営は弟たちに任せ、年に2、3度インドに帰って采配を振るうのだ。語学は英語、日本語、韓国語を自由に操りフランス語、スペイン語も理解する語学の達人だ。愛想に欠けるインドビジネス社会で、日本で学んだ「気配り」を発揮すれば抜群の評判を得るのは当然のこと、弟たちは兄の厳しい指導を得てホテルは繁盛していた。

マタールさんは日本で成功し地元にホテルを建てた立志伝中の男として、町では知名度抜群だった。細腕繁盛記ジャイサルメール版です。


三代目がラジャスタンの音楽を生で聴きたいとリクエストしたら、サービス精神旺盛な彼は直ぐに引き受け
「明日の夜に開催します」と即答した。流石です!

三代目はジャイサルメールには11年ぶりの訪問2回目だ。ここの音楽のレベルが高いことは先刻承知で是非とも聴きたかったらしい。

夜7時ころ演奏家とダンサーの5人組の演奏会がホテルの屋上レストランで始まった。客は当初、我々2名だったが、後で日本人客6名が加わった。三代目のリクエストなのでチップをはずんだら、演奏者は楽器の上にお札を置いて熱演を披露した。

マタールさんに「将来は日本住むの?それともインドに住むの?」と聞いたら、当然のように
「そりゃ日本ですよ。娘もインドは野良牛がいっぱいいて嫌だ、と言っているので」と言い切った。彼も今ではインドが不便な国になってしまったらしい。

インドに行ったらジャイサルメールへ行きましょう。そして、是非東京パレスに泊まってください。きっと、楽しい旅行になります。

 

4、インドカレーと肥満体

朝7時ころ日出と共に目を覚ます。日本とインドの時差は3時間30分。日本時間10時30分だ。

隣のベッドをみると三代目がボゴーンとした腹を出して寝ている。1年前はそんなにお腹も目立たなかったが結婚1年で見るも無残、中年のおっさん腹を露呈しているではないか。性別問わず子供の頃のポッコリお腹は可愛いが、中年のボゴーンお腹はキモいだけだ。

そんな三代目もインド人の中に入ると太っていると見えない、いや、むしろスリムな体型に見えるのだ。中年のインド人の多くは太っている。太っている範囲を超えて肥満体、デブなのだ。デブ、ヤセは相対的な要素もあるようだ。日本で太り気味と気にしている方は是非インドに出掛けてみてください。周りの桁違いの肥満体を眺めるとスタイルに自信と勇気を取り戻すこと間違いなしと保証します。

 

インド人の食事は3食カレーです。それにミルクティーに香辛料と砂糖を入れたチャイを1日に何杯も飲み、食後に甘いデザートを好むのだ。これで太らないわけがない。

日本でたまにはインド料理を食べるのは美味いものだが、インドで3日3晩9食も続くと4日目からはうんざりする。最初はこっちが美味い、あっちが美味いと話題にしていたがそのうち黄色いドロッとした液体を見ただけで食欲が減退する。ご飯だってボソボソでフォークで掬ってもこぼれる長い米で不味い。ご飯は箸で持っても落ちない粘り気のある白いものに限るのだ。カレーは強烈な香辛料だから肉、野菜の味を消して、何を食べても変わらないので飽きるのだ。それにナン。中央アジアの窯で焼いたふっくらしたナンは旨いが、ここのナンは油を塗った薄べったりしていて不味い。

ある朝、久しぶりのパンとコーヒーとオムレツの朝食を選ぶことができた。それでもオムレツとパンケーキがインド料理風で油っぽくうんざりした。

インドが好き嫌いは食べ物から決まるものらしい。はっきり言って俺はインドが嫌いだ、こりごりだ。10日もインドにいれば全身からカレーの匂いがするし、服にまで匂いがしみ込んでいる。何処へ行っても街中カレーの匂いがするのだ。カレー恐怖症になる。

日本酒と白いご飯を食べ過ぎて太るなら諦めもつくが、カレー料理で肥満になるのはご遠慮申し上げる。白いご飯に焼き魚と刺身が懐かしくなった。三代目は10日間、30回もインド料理が続いても平気な顔で「美味い。美味い」と食べ続けていた。もうすっかりインド人だ、体型もだ。

デリーからバンコクに移動したら寿司屋に直行した。


 
 
5、トラブル

三代目と同行するときは商品仕入が目的だ。それぞれの持ち場があり、お互い余分な口出しはしない。三代目は骨董全般と雑貨一般、俺は古布を担当している。それぞれ得意の分野には自信があるが、それ以外の分野には自信がない。

俺の仕入れ担当分野は少ないので、多くは荷物持ちと秘書的な仕事が主になる。日程や飛行機、ホテルなどの手配が俺の仕事だ。今回、デリーからバンコクに移動する日にちを間違えた。出発前に確認する作業をしなかったからだ。近頃、毎回何かとミスが目立つようになった。最も恐れているほらあれ、あの老化現象の痴呆症の始まりかもしれないとゾッとした。

海外に出掛けると曜日や日にちの感覚が消えて、昨日、今日、明日の感覚になる。前日になってハタと間違いに気付き、チケットの手配をしてくれる「マイチケット」の担当者Nさんに慌ててメールした。Nさんの懸命な努力の御蔭でどうにか予定通り1日早い飛行機に乗り、事なきを得た。いざとなると迅速に対応してくれる人がいるから安心だ。「マイチケット」は直ぐに対応してくれる頼りになる優秀な会社です。

トラブルはチケット問題だけではなかった。出掛ける前に銀行系のVISAカードをいつも使っていたが特典が少ないと日専連JCBカードに切り替えた。これが間違いだった。「世界のJCBカード」と宣伝するから何処でも使えると思ったがインドはまだ適用範囲外だった。幸い三代目がVISAカードを1枚持っていたので、限度額の少ない何枚かのカードと余分に持っていた現金で資金がどうにか間に合った。

今回の旅は最初から最後までトラブル続きだったが、どうにか砂漠の女性たちが制作するミラー刺繍などの染織工芸品を集めてくることができた。旅の醍醐味はトラブルではないだろうかと近頃、思ってきた。美しいものを見ても、歴史を聞いてもあとで忘れます。トラブルは永遠に忘れません。時が過ぎれば面白い思い出になるのです。人生のように。


 
「たそがれ見聞録」は隠居人こと私が旅の報告書として、現地で目で見て、肌で触れたものを書いたものです。

昨年11月に2度あることは3度あると恥ずかしくもなく「たそがれ見聞録3」を発刊しました。現在、小松クラフトスペースで販売されております。暇つぶしにお読み頂ければ幸いです。

 

From "Retirement" 小松正雄

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